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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)357号 決定

抗告人 宗教法人 華蔵院

相手方 和田金太郎

主文

原決定中境内地の競落を許した部分を取り消す。

右境内地のうち、東京都台東区永住町百参拾六番弐所在宅地五十坪に関する部分を東京地方裁判所に差戻す。

右境内地のうち同所百参拾六番五所在宅地弐拾坪五勺に対する競落は許さない。

原決定中家屋(庫裡)の競落を許した部分に対する抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、原決定を取り消し更に相当の裁判を求める旨申立て、まず抗告人名義の昭和三三年七月一四日附本件抗告の「取下願」と題する書面が東京高等裁判所に提出されているが右は抗告人の何ら関知しない間に何人かが抗告人名義を冒用し作成提出したものであつて、右抗告取下は無効であると述べ、

抗告理由として

一、抗告人は昭和三十二年二月二十八日相手方より金百五十万円也を利息年一割五分弁済期同年四月二十六日、期限後の損害金日歩八銭二厘の定めで借受け、その際右元利金の支払を担保するため抗告人所有の別紙目録一および三記載の土地及び建物について抵当権を設定し、同日その旨の登記を経由した。

二、而して抗告人は右期限に右借受金の返済をすることができなかつたため相手方は昭和三十二年七月二十九日東京地方裁判所に対し右土地並びに建物について競売の申立をなし同庁昭和三十二年(ケ)第一〇四九号事件として係属中、抗告人は昭和三十三年一月十日相手方に対し金五十万円也を弁済し、その際抗告人と相手方との間において競売の目的物件である別紙目録一記載の寺院境内地二畝十歩(実測二畝十歩五勺)のうち二十歩五勺について抵当権を解除し、抵当権設定登記を抹消する旨の合意が成立し、相手方の承諾書を受領した上、同年一月十七日東京法務局台東出張所において、右寺院境内地二畝十歩を別紙目録二記載のとおり同所一三六番二、寺院境内地一畝二十歩(同年三月十七日地目変更により宅地五十坪に変更)と同所一三六番五、寺院境内地二十歩五勺(同日地目変更により宅地二十坪五歩に変更)の二筆に分筆登記を経由したものである。

三、従つて右土地七十坪(旧二畝十歩)のうち二十坪五勺については抵当権が解除されている以上、相手方はこの部分については抵当権を実行する何等の権利がないにも拘らず、競売申立当時の登記簿謄本をそのまま使用したため、東京地方裁判所においては右土地七十坪(旧二畝十歩)全部について抵当権が設定しあるものとして同年六月十九日競落許可決定をなしたものである。

四、以上の理由により右競落許可決定は違法であるので取消されるべきものである。

と主張した。

相手方代理人は、抗告人は昭和三三年七月一四日本件抗告を取下げたものであつて、本件取下願が抗告人の関知しない間に偽造されたものであるとの事実は否認する、本件は抗告人の抗告取下によつて既に終了しているものであると述べ、もし取下が効力なく抗告が適法なりとすれば、抗告棄却の決定を求め、抗告人の抗告理由は全部認めると答えた。

よつてまず、本件抗告取下の適否につき按ずるに、抗告人代表者壬生照順名義の昭和三三年七月一四日附取下願と題する書面が同日当裁判所に提出せられ、右書面には抗告人が本件抗告を取下げる旨記載されていることが明らかであるが、当審における証人山田由太郎および抗告人代表者壬生照順本人の各供述によれば、相手方が抗告人に本件金員を貸付け本件抵当権の設定を受けた際、相手方代理人山田由太郎は抗告人より当事者名事件番号、日附の記入なく抗告人代表者壬生照順が署名押印しかつ捨印を押捺した競売開始決定に対する異議申立取下書、競落許可決定に対する抗告取下書(本文印刷ずみのもの)等を受領したこと、その授受の趣旨とするところは、将来相手方において本件抵当権を実行する際抗告人は競売開始決定に対し異議を申立て又は競落許可決定に対し抗告を申立てざるべく、もし抗告人が右のような所為に及ぶときは相手方は直ちに右各取下書に所要事項を記入してこれを裁判所に提出することができることというにあつたこと、しかるに抗告人がその後本件競落許可決定に対し抗告を申立てたので山田由太郎は右約旨にもとずき抗告人の名において前記競売開始決定に対する異議申立取下書に必要事項を記入し加除訂正をしてこれを競落許可決定に対する抗告申立取下書となし、これを当裁判所に提出したものであることが認められる。

競落許可決定のように債権者債務者双方より抗告申立をなしうる裁判につき、両当事者間で裁判告知前に債務者のみが抗告しない旨の合意をなすことは、訴訟法の認める当事者対等の原則に違反し、しかもかゝる合意を許すときは債権者が債務者に対し金員貸付等の条件として債務者に甚だしく不利益な約定を要求するおそれが多分にあるから、かゝる合意は無効と解すべきものであつて、債務者は右合意あるにもかかわらず競落許可決定に対し抗告申立をなしうべき筋合である。しかるに本件の如く競落許可決定告知前に相手方(債権者)において将来右決定がなされこれに対し抗告人(債権者)が抗告申立をなす場合を慮り、あらかじめ抗告人より抗告取下書を徴しておき、一旦抗告申立があれば相手方において随時これを裁判所に提出して抗告審の手続を終了せしめんとするが如きは当事者一方のみが抗告をしない旨の合意と同一の結果に帰し、これを禁じた法の精神に反すること明らかであるから、かかる取下書に基く取下は無効と解すべきである。

よつて進んで抗告理由につき判断するに、抗告人の抗告理由の事実はすべて相手方において争わないところであり、右事実によれば別紙目録二(2) 記載の物件に関してはすでに本件抵当権は消滅しているので、右物件に対する原競落許可決定は違法であり、また同目録二(1) 記載の物件は右二(2) 記載の物件と併せて一括競売せられており同目録二(1) 記載物件の競落価格が何程であるか知りえないので、結局原決定中右一記載物件に関する部分は全部これを取り消すの外なく、うち同二(1) 記載物件に関する部分はさらに改めて競売するため、原審に差戻し、同二(2) 記載物件に対する本件競落はこれを許さないものとし、なお同目録三記載物件に関しては記録を精査するも原決定を取り消すべき違法を発見しえないので原決定中該物件に関する部分に対する本件抗告を理由なしとして棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判官 松田二郎 小沢文雄 沖野威)

目録

一、東京都台東区永住町百参拾六番弐

境内地 弐畝拾歩

二、右土地の分筆後の表示

(1)  同所百参拾六番地弐

宅地 五拾坪

(2)  同所百参拾六番五

宅地 弐拾坪五勺

三、同所百参拾六番

家屋番号同町百参拾六番

木造瓦葺弐階建庫裡 壱棟

建坪 参拾坪

弐階 弐拾八坪

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